vol.147 千葉で大きな水害がありました。

先月は、熊本の地震のことを書きました。すると今度は千葉で線状降水帯が発生し、大きな水害になりました。

千葉は比較的、災害を受けにくい土地だと言われます。それでも7年前の台風直撃をはじめ、数年に一度は大きな傷を負ってきました。
今回の雨は、60年生きてきた私の記憶にもありません。慣れていない分だけ、皆が慌てました。
水位が一気に上がり、情報を取ることも備えることもできないまま右往左往する。冠水した道に進入して動けなくなった車は、数千台規模で廃車になったと聞きます。

トミオはちょうどお盆休みと重なり、被害は少なくて済みました。それでも、会社から帰れなくなった社員が3名。
こじか保育園では保護者のお迎えが叶わず、職員が深夜まで園児をお預かりしました。自宅が床上浸水したスタッフもいます。

今回いちばん考えさせられたのは、被害の大きさではなく、私たちの動き方でした。
ある部署は発生の直後から、逐次チャットで状況を報告してくれました。ある部署は報告こそなかったものの、職員同士のやり取りから状況が見えました。ある部署はすべて事後報告。こちらから尋ねるまで、何も上がってこない部署もありました。

誰かがサボったわけではありません。決めていなかった。ただ、それだけです。

けれど、対応がバラバラであることは、それ自体がリスクです。
ヴィレッジにお越しのお客様、施設の利用者さん、入居者さんへの対応がブレる。そして何より、重い判断を現場のひとりに背負わせてしまう。
過去の災害でも、会社として統一した判断ができず現場任せになった結果、従業員が命を落とすという痛ましい出来事が報じられています。

先月、私は「待つことも決断だ」と書きました。今回わかったのは、その先です。
人が現場で決断できるのは、判断の物差しを持っているときだけだ、ということ。どうなったら帰すのか。誰に、何を、いつ伝えるのか。
それが決まっていなければ、現場にできるのは決断ではなく、我慢だけです。そして物差しを配るのは、現場の仕事ではなく、会社の仕事です。

建築屋としては、これから復旧の依頼が増えていくはずです。地域の住まいを直す側が、自分の備えを持っていないのでは筋が通りません。ハードもソフトも、両方やります。

ルールは、人を縛るためではなく、人を守るためにある。今月、水に教わったことです。
カテゴリートップに戻る