vol.148 フィリピンとの歩み、もうすぐ10年

フィリピンで「JP SEKKEI(JP設計)」を立ち上げて、2027年4月で10周年になります。振り返ると、思い描いた通りには進まないことばかりでした。それでも、今も現地の仲間と仕事を続けている。今回は、そんな私たちのフィリピンビジネスについてお話しします。


始まりは、かつて同じ住宅フランチャイズに加盟していた社長仲間との情報交換でした。「人が足りない」「営業が図面作成に追われ、お客様との時間が取れない」。そんな悩みから、「フィリピンで図面を描いてもらえないか」という話になり、まずは視察へ。モンゴル進出の経験があった私が中心となり、現地法人を設立しました。


JはJapan、PはPhilippines。日本とフィリピンの架け橋になってほしい。そんな思いを込めた社名です。マニラに事務所を構え、現地の建築士を採用し、CADによる図面作成を始めました。
大澤社長_アイキャッチ画像
ところが、日本の建築ルールや図面の細かな意図を伝えるのは、想像以上に難しいことでした。現地スタッフは一生懸命でも、日本側との認識が合わない。費用の負担も増え、参加企業は次第に離れ、最後はトミオと、後にグループに加わる久留米のハウジングカフェが残りました。西川智己さんが間に入り、意思疎通を改善してくれたことは、大きな支えでした。


そこへコロナ禍です。外出制限で事務所が閉鎖され、現地法人を閉じる決断をしました。しかし、つながりまで終わらせたくはありませんでした。スタッフとは個人事業契約に切り替え、オンラインで仕事を継続。今も図面作成やウェブ制作で、トミオの仕事を支えてくれています。


その後、大きな力となったのが安藤亮介さんです。日本語とタガログ語に堪能で、フィリピンの建築士資格も持つ彼が、日本側の要望と現地の仕事をつないでくれました。伝わることで仕事が変わり、信頼が育つ。事業を動かすのは、やはり人なのだと実感しています。


一方、現地で買収したタクシー会社は、36台の車両を抱え、黒字が見えたところでコロナ禍による運行停止に直面しました。管理上の問題も重なり、事業は立ち行かなくなりました。海外で事業を営む難しさを、身をもって学んだ経験です。


順調な10年だったとは言えません。でも、苦労の中で出会い、今も一緒に働く仲間がいます。そのまじめさや誠実さに、何度も助けられてきました。


これからは、フィリピンとのつながりを、新しい仕事や利益を生む力へと育てていきたいと思います。支えてくださった皆さんへの感謝を胸に、次の10年へ。相変わらず、しぶとく、前向きに挑戦していきます。
大澤社長_画像

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